現代では、喉が渇けば自動販売機でペットボトルの水やお茶を手軽に購入できますが、昭和時代はそう簡単ではありませんでした。
実は昭和の時代には自動販売機は存在していましたが、当時は一般的に、水やお茶は自販機で販売されていませんでした。では、当時の人々はどのようにして水分補給をしていたのでしょうか?
今回は、昭和時代の水分補給事情を詳しく振り返りながら、現代では考えられない当時の生活の知恵をご紹介します。
昭和時代の自販機には何が売られていた?
コーラやジュースが中心だった自販機事情
昭和37年(1962年)、コカ・コーラ社が清涼飲料水用自販機を全国展開し、自販機文化の普及が始まりました。この年だけで全国に880台が設置され、本格的な自販機時代の幕開けとなりました。
当時の自販機で購入できたのは、主に以下のような飲み物でした:
- コーラやサイダーなどの炭酸飲料
- オレンジジュースなどの果実系飲料
- 缶コーヒー(1970年代から普及)
当時は一般的に、水やお茶は自販機で販売されていませんでした。昭和の人々にとって、「水はタダで飲めるもの」「お茶は家で入れるもの」という常識があったからです。
水・お茶が販売されるようになった時期
お茶や水を自動販売機で買うという文化の始まりは、ウーロン茶からでした。伊藤園が1981年に缶入りウーロン茶を発売(同社によれば世界初)し、続いて12月にサントリーも参入しました。
しかし、当初は大きな抵抗がありました。「お茶を買って飲むなんて……」「自分で沸かせばいいのに」と、ためらっていた人も多かったのです。
実際に缶入り紅茶は1974年(昭和49年)から発売されていましたが、人気を得ることはできませんでした。「お茶は自分で入れて飲むもの」という意識が根強かったからです。
ミネラルウォーターに関しては、当時、水道水の品質が高いとされる日本では一般家庭で水を買う習慣があまり普及していませんでした。水を購入するという文化は、バブル時代頃から徐々に始まったものなのです。
昭和時代の人々はどうやって水分補給していた?
家庭での基本的な水分補給方法
昭和の家庭では、水分補給の中心は自宅で沸かしたお茶でした。多くの家庭では以下のような光景が日常的に見られました:
- 朝一番にやかんでお湯を沸かす
- 茶葉を急須で丁寧に入れる
- 大きなヤカンに麦茶を作り置き
- 冷蔵庫で冷やしたお茶を水筒に入れて持参
会社では給湯室に巨大なヤカンが置かれていて、会議のときにそれでお茶を注ぐというのが定番の風景でした。
外出時に持参していたもの
昭和の時代、外出時の水分補給といえば水筒の持参が基本でした。当時の人々が愛用していたアイテムは以下の通りです:
- ステンレス製の水筒(保温・保冷機能付き)
- アルミ製の軽量水筒
- 魔法瓶(ガラス製の内瓶)
- 竹製の茶筒(茶葉を持参)
特に子どもたちは、学校や遠足、運動会などで必ずと言っていいほど水筒を持参していました。この習慣は「水筒文化」と呼ばれるほど、当時の生活に根付いていたのです。
旅行や遠出時の水分補給術
新幹線や電車での水分調達方法
昭和39年(1964年)に開業した東海道新幹線には、画期的なサービスがありました。それが車内の冷水器です。
新幹線では開業時から車内サービスとして、奇数号車の東京側にある洗面所の一角に、冷水器と紙コップを設置していました。これは新幹線が初めてのサービスでした。
この冷水器の特徴は以下の通りです:
- 封筒型の紙コップ:薄く平たい小さな封筒型で、開いて冷水を注ぐアイデア商品
- 冷たい水が無料:ボタンを押すだけで冷えた水が飲める
- 12両編成で6か所に設置:1両おきに設置され、アクセスしやすい
最初は上手に飲むことができないのですが、すぐにコツを覚え、冷たいおいしい水を車内で飲め、ホッとひと息ついたものだったといいます。
この冷水器は1992(平成4)年に300系『のぞみ』が登場した頃まで供給され、多くの人々に愛用されました。
お弁当と一緒に持参する定番アイテム
旅行時のお弁当には、必ずと言っていいほど水分補給のためのアイテムがセットになっていました:
定番の組み合わせ
| アイテム | 用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| 水筒(お茶) | メイン水分補給 | 自宅で入れた緑茶や麦茶 |
| 水筒(白湯) | 胃に優しい水分 | 沸騰させた後冷ました水 |
| 小さな急須セット | 茶葉からお茶を入れる | 旅先でも美味しいお茶を |
特に家族旅行では、母親が前日から準備に余念がありませんでした。大容量の水筒に麦茶を入れ、小さな水筒にはほうじ茶、そして非常用に白湯を用意するという徹底ぶりでした。
街中で喉が渇いた時の対処法
喫茶店や食堂を活用する文化
昭和時代、街中で喉が渇いた時の救世主は喫茶店でした。今でこそファミレス、ファストフード、カラオケ、ネットカフェなど座って休める店はさまざまだが、当時は喫茶店がそれを一手に引き受けていたのです。
喫茶店での水分補給の特徴:
- お冷やが無料で提供:席に着くと必ず出される冷たい水
- 長時間の滞在が可能:一杯のコーヒーで数時間過ごすことができた
- 社交場としての機能:商談や待ち合わせ場所として活用
- 第三の居場所:家庭でも職場でもない第三の居場所として愛されてきた
1975年にピークを迎えた本格派「珈琲専門店」ブームもあり、街中には数多くの喫茶店が軒を連ねていました。東京・新宿だけでも1975年当時、約300店舗の喫茶店があったとされています。
公共施設での水分補給
街中での水分補給手段として、以下のような公共施設も活用されていました:
主な水分補給スポット
- 駅の水道:駅構内の洗面所で水道水を飲む
- 公園の水飲み場:公園に設置された水飲み台
- デパートの休憩所:百貨店の休憩コーナー
- 銭湯の脱衣所:番台で冷たい水をもらう
特に駅の水道水は、当時の人々にとって重要な水分補給源でした。日本は、安心して水が飲める国として世界中に知られています。駅の水道水は飲用できますし、実際多くの人が利用していました。
水筒文化と当時の常識
水筒を持参するのが当たり前だった時代
昭和時代は、外出時に水筒を持参するのが当然という文化がありました。これは現代のペットボトル感覚で、ごく自然な行動だったのです。
年代別の水筒事情
- 子ども:学校、遠足、運動会で必携
- サラリーマン:出張や営業回りで携行
- 主婦:買い物や子どもの付き添いで持参
- 高齢者:散歩や病院通いのお供に
水筒の材質も時代とともに進化しました:
| 年代 | 主流の材質 | 特徴 |
|---|---|---|
| 昭和30年代 | アルミ製 | 軽量だが保温性は低い |
| 昭和40年代 | ステンレス製 | 保温性が向上、耐久性も◎ |
| 昭和50年代 | 魔法瓶型 | 高い保温・保冷性能 |
家庭で作るお茶の重要性
昭和の家庭では、お茶作りは重要な家事の一つでした。特に主婦は、家族の健康を考えて様々な工夫を凝らしていました。
季節ごとのお茶の使い分け
- 春:緑茶(新茶を楽しむ)
- 夏:麦茶、ほうじ茶(体を冷やす)
- 秋:ウーロン茶、番茶(脂っこい食事に合わせて)
- 冬:玄米茶、紅茶(体を温める)
また、家庭の経済状況によっても選ぶお茶が異なりました:
- 上流家庭:上質な煎茶、玉露
- 一般家庭:番茶、ほうじ茶
- 節約志向:麦茶、番茶の出がらしを再利用
家族の好みに合わせて複数種類のお茶を常備し、TPOに応じて使い分けるのが昭和の主婦の腕の見せ所でもありました。
時代とともに変化した水分補給事情
ペットボトルの普及がもたらした変化
1990年代半ば、リサイクル制度の整備と共に500mlペットボトルが一般化しました。これが水分補給文化に革命をもたらしました。
ペットボトル普及前後の比較
| 項目 | 昭和時代 | 現代 |
|---|---|---|
| 外出時の準備 | 前日から水筒にお茶を入れて準備 | 外出先で随時購入 |
| 種類の選択肢 | 家庭で作れる範囲(3-4種類程度) | 数十種類から選択可能 |
| コスト | ほぼ無料(茶葉代のみ) | 1本100-200円程度 |
| 利便性 | 持ち運びに注意が必要 | 使い捨てで手軽 |
| 温度管理 | 魔法瓶で数時間キープ | 購入時の温度をそのまま楽しむ |
現代との比較で見る生活スタイルの違い
昭和時代と現代の水分補給を比較すると、ライフスタイル全体の変化が見えてきます。
昭和時代の特徴
- 計画性重視:前日からの準備が必要
- 家族単位の行動:家庭で一括準備
- 節約志向:無駄を出さない工夫
- 手作り文化:自宅で作ることに価値を見出す
- コミュニティ重視:喫茶店での社交を大切に
現代の特徴
- 即時性重視:必要な時にすぐ購入
- 個人最適化:一人ひとりの好みに対応
- 利便性追求:手軽さを最優先
- 商品の多様性:豊富な選択肢から選ぶ楽しさ
- 個人主義:一人の時間を大切に
この変化は、社会全体の価値観の変遷を反映しています。昭和時代の「準備する文化」から、現代の「購入する文化」へのシフトは、単に水分補給の方法が変わっただけでなく、私たちの生活そのものが変化したことを物語っています。
昭和時代に学ぶべき知恵
現代の利便性は素晴らしいものですが、昭和時代の水分補給文化には学ぶべき点も多くあります:
- 計画性の大切さ:事前準備の習慣は他の分野にも応用可能
- 経済性の追求:コストを抑えつつ満足度を高める工夫
- 家族の絆:共同作業を通じたコミュニケーション
- 環境への配慮:使い捨てではない持続可能な方法
- 季節感の大切さ:季節に合わせた飲み物の選択
まとめ
昭和時代の水分補給事情を振り返ると、現代では考えられないような工夫と知恵があふれていました。
当時は一般的に水やお茶が自販機で販売されていなかった時代、人々は水筒文化と喫茶店文化、そして新幹線の冷水器などを巧みに活用して水分補給を行っていました。
特に印象的なのは、家庭でのお茶作りを中心とした準備重視の文化です。母親が家族のために前日から水筒にお茶を入れて準備する光景は、家族の絆の象徴でもありました。
また、街中での喫茶店利用は単なる水分補給を超えて、社交とコミュニケーションの場としての役割を果たしていました。一杯のコーヒーで数時間過ごし、人との出会いや交流を楽しむ文化は、現代の私たちが忘れかけている大切な価値観かもしれません。
現代の利便性と昭和の知恵の融合
もちろん、現代の利便性を否定するものではありません。いつでもどこでも手軽に美味しい飲み物が購入できる現在のシステムは、確実に私たちの生活を豊かにしています。
しかし、昭和時代の「準備する文化」「家族で協力する文化」「季節を感じる文化」などは、現代でも取り入れる価値があるのではないでしょうか。
例えば、たまには家族でお茶を入れて水筒に持参してピクニックに出かけたり、喫茶店でゆっくりと時間を過ごしたりすることで、昭和時代の人々が大切にしていた価値を体験することができます。
技術の進歩により生活は確実に便利になりましたが、昭和の人々が培った生活の知恵と人との繋がりを大切にする心は、時代が変わっても色あせることのない宝物なのです。

