香港の街を歩いていると、必ず目に入る独特の光景があります。それは、高層ビルを包み込むように組まれた竹の足場です。
日本では考えられない光景ですが、香港では当たり前のように使われているこの竹足場。なぜ現代の香港で、鉄骨ではなく竹が選ばれているのでしょうか?
しかし、2025年11月下旬に香港北部で発生した高層マンション火災では、この竹足場が延焼拡大の一因となり、深刻な被害をもたらしました。この事故を受けて、竹足場の安全性に改めて注目が集まっています。
この記事では、香港の竹足場について、その合理的な理由から安全性の課題まで、詳しく解説していきます。
香港の竹足場とは?驚きの建築現場風景
香港で使われている竹足場は、想像以上に本格的な建築技術です。数十メートルの高さまで竹だけで組み上げられた足場は、まさに職人の技術の結晶といえます。
竹足場の基本的な仕組み
竹足場は、主に以下の材料で構成されています:
- 毛竹(もうちく):直径8~12センチの太い竹を縦材として使用
- 桂竹(けいちく):直径4~6センチの細い竹を横材として使用
- ナイロンロープ:竹同士を結束する専用ロープ
- 保護ネット:安全確保のための緑や青のネット
職人は、これらの材料を巧みに組み合わせて、まるで巨大な鳥かごのような構造物を作り上げます。竹同士はすべてロープで結束され、釘やボルトは一切使用しません。
香港での使用実態と現状
香港では現在でも、建設現場の足場の多くが竹製です。新築工事だけでなく、古い集合住宅「唐楼」の改修工事でも頻繁に使用されています。
香港島、九龍、新界のどの地区を歩いても、緑や青の保護ネットに包まれた竹足場を目にすることができます。特に人口密度の高い住宅地では、建物修繕のために竹足場が組まれている光景が日常の風景となっています。
なぜ鉄骨ではなく竹なのか?合理的な5つの理由
多くの人が疑問に思うのは、「なぜ現代でも竹を使うのか?」という点です。実は、香港で竹足場が選ばれるのには、非常に合理的な理由があります。
コストパフォーマンスの高さ
竹足場の最大の魅力は、そのコストの安さです。鉄骨足場と比較して材料費が大幅に安いため、建設コストを抑えることができます。
香港は世界有数の人口密度を誇る都市のため、建設工事が頻繁に行われます。そのような環境では、コストパフォーマンスの高い竹足場が重宝されるのです。
また、竹は使用後にリサイクルや再利用が可能で、廃棄コストも抑えられます。
軽量で組み立てが簡単
竹の重量は、同じ強度の鉄骨と比較して約3分の1程度です。この軽さにより、以下のようなメリットが生まれます:
- 狭いスペースでの作業が容易
- クレーンなどの重機を使わずに組み立て可能
- 運搬コストの削減
- 建物への負荷が軽減
香港の建設現場は狭い路地に面していることが多く、大型の機械を使用できない場合があります。そのような環境では、人力で運搬・組み立てが可能な竹足場が非常に有効です。
湿度の高い香港の気候に最適
香港は亜熱帯気候で、年間を通じて湿度が高い環境です。鉄骨は湿気により錆びやすいのに対し、竹は湿気に強く、腐食の心配がありません。
また、竹は湿度の変化に応じて膨張・収縮することで、構造全体の安定性を保ちます。この自然の調湿機能は、香港の気候に非常に適しています。
職人の技術と伝統の継承
香港の竹足場職人は「スパイダー」と呼ばれ、その技術は中国古代の時代にまで遡る伝統技術です。
熟練した職人は、設計図なしで建物の形状に合わせて足場を組むことができます。この職人の技術と経験こそが、竹足場の品質を支える重要な要素です。
環境への優しさ
竹は成長が早く、3~5年で建材として使用できる大きさに育ちます。鉄骨の製造には大量のエネルギーが必要ですが、竹は自然に成長するため、環境負荷が少ない建材といえます。
使用後も自然分解されるため、持続可能な建築材料として注目されています。
竹足場の安全性は大丈夫?強度と耐久性の真実
多くの人が気になるのは、竹足場の安全性です。果たして、竹だけで本当に安全な足場を作ることができるのでしょうか?
竹の物理的特性と強度
竹は見た目以上に優れた物理的特性を持っています:
| 項目 | 竹 | 鉄骨 |
|---|---|---|
| 引張強度 | 高い(繊維方向) | 非常に高い |
| 曲げ強度 | 優秀 | 優秀 |
| 重量 | 軽量 | 重い |
| 柔軟性 | 非常に高い | 低い |
竹の最大の特徴は、その柔軟性と復元力です。風や振動に対して適度にしなることで、構造全体の安定性を保ちます。
定期的な点検とメンテナンス体制
香港では、竹足場の安全性を確保するため、厳格な点検制度が設けられています:
- 組み立て完了時の検査
- 定期的な安全点検(週1回以上)
- 悪天候後の緊急点検
- 有資格者による品質確認
また、使用する竹材も品質基準が定められており、一定の強度を持つ竹のみが使用されます。
事故率と安全対策
香港労働局の統計によると、竹足場関連の労働災害は年々減少傾向にあります。これは、以下の安全対策の徹底によるものです:
- 安全帯の着用義務化
- 保護ネットの設置
- 職人の資格制度の確立
- 定期的な安全教育の実施
ただし、2018年以降、竹足場が関係した労働災害で23人が亡くなっているという事実もあり、継続的な安全対策の改善が求められています。
2025年11月の大規模火災事故が示した課題
2025年11月下旬に発生した香港の高層マンション火災は、竹足場の新たな課題を浮き彫りにしました。この事故について詳しく見てみましょう。
火災の経緯と被害状況
火災は香港北部の大埔区にある高層住宅群「Wang Fuk Court(宏福苑)」で発生しました:
- 発生時期:2025年11月下旬
- 被害規模:8棟中7棟に延焼
- 死者数:少なくとも数十人(報道により変動中)
- 行方不明者:多数(279人との報道もあり、現在も捜索継続中)
この火災は香港消防史上最高レベルの「レベル5」に分類され、近年で最悪レベルの火災となりました。
竹足場が延焼拡大に与えた影響
今回の火災では、竹足場が延焼拡大の重要な要因となったとされています:
- 外壁補修工事のために組まれていた竹足場から出火
- 乾燥した竹材が急速に燃焼
- 保護ネットが火の通り道を形成
- 強風により火の粉が他の棟に飛散
火災現場の映像では、竹足場を伝って炎が建物の上層階まで一気に駆け上がる様子が記録されており、竹足場の可燃性が被害拡大に大きく影響したことが明らかになっています。
可燃性という根本的なリスク
この事故により、竹足場の根本的なリスクが改めて注目されています:
- 乾燥すると非常に燃えやすい
- 一度着火すると急速に燃え広がる
- 高層建築では消火が困難
- 密集した都市部では被害が拡大しやすい
香港当局は、建物外壁の保護ネットや防水シートが防火基準を満たしていない疑いがあると発表し、工事関係者を過失致死の疑いで逮捕したと報じられています。
日本の鉄骨足場と香港の竹足場を徹底比較
では、日本で一般的な鉄骨足場と香港の竹足場を詳しく比較してみましょう。
材料・工法の違い
| 項目 | 日本(鉄骨足場) | 香港(竹足場) |
|---|---|---|
| 主材料 | 鋼管、鋼板 | 毛竹、桂竹 |
| 接合方法 | クランプ、ボルト | ナイロンロープ |
| 組み立て | 機械化、標準化 | 手作業、職人技 |
| 標準化 | 高い | 低い(現場対応) |
日本の鉄骨足場は高度に標準化されており、誰でも一定の品質で組み立てることができます。一方、香港の竹足場は職人の技術に依存する部分が大きく、熟練度によって品質に差が出る可能性があります。
コストと工期の比較
コスト面では、竹足場が圧倒的に有利です:
- 材料費:竹足場の方が大幅に安い
- 運搬費:軽量な竹は運搬コストが低い
- 組み立て費:人件費は安いが、技術料が必要
工期面では:
- 鉄骨足場:標準化により短期間で組み立て可能
- 竹足場:複雑な形状にも対応できるが、時間がかかる場合も
それぞれのメリット・デメリット
鉄骨足場のメリット・デメリット
メリット:
- 高い安全性と信頼性
- 標準化による品質の安定
- 不燃性で火災リスクが低い
- 長期間の使用に耐える
デメリット:
- 高いコスト
- 重量があり大型機械が必要
- 錆びやすい
- 環境負荷が大きい
竹足場のメリット・デメリット
メリット:
- 低コスト
- 軽量で運搬・組み立てが容易
- 柔軟性があり地震に強い
- 環境に優しい
デメリット:
- 可燃性で火災リスクが高い
- 職人の技術に品質が左右される
- 耐久性に限界がある
- 標準化が困難
香港政府の方針転換と竹足場の未来
2025年11月の火災事故を受けて、香港政府の竹足場に対する方針にも変化が見られます。
金属足場への移行計画
香港政府は2025年3月に、「労働者の保護を強化」を理由として、新築される公共建築プロジェクトの約50%で金属製足場の使用を義務化する方針を発表していました。
この政策の背景には:
- 竹足場関連の労働災害の多発
- 国際的な建築基準への適合
- 先進都市としてのイメージ向上
などの要因があります。今回の火災事故により、この金属足場への移行はさらに加速される可能性があります。
伝統技術の保護との両立
一方で、竹足場は香港の重要な文化遺産でもあります。香港市民の間では、伝統技術が失われることへの危機感も高まっています。
政府は「即時禁止ではない」と説明していますが、段階的な移行は避けられない状況です。今後は:
- 文化財や歴史的建造物での竹足場の保護
- 職人技術の記録・保存
- 観光資源としての活用
などの取り組みが検討されています。
職人の雇用問題
竹足場の減少により、「スパイダー」と呼ばれる職人たちの雇用問題も深刻です。高齢化が進む職人の中には、金属足場への転換が困難な人も多くいます。
香港政府は職人の再教育プログラムを検討していますが、長い歴史を持つ伝統技術を持つ職人たちの今後が注目されています。
竹足場の歴史と文化的背景
香港の竹足場は、単なる建築技術以上の意味を持っています。その歴史と文化的背景を探ってみましょう。
香港での竹足場の歴史
竹を建築に使用する技術は、中国古代(隋・唐時代頃)に遡る伝統技術です。中国南部で発達したこの技術が香港に伝わり、独自の発展を遂げました。
特に香港では:
- 19世紀後半:英国統治下で西洋建築が導入されても竹足場は継続
- 1960年代:高層建築ブームで竹足場技術が飛躍的に発達
- 1980年代:職人の技術体系が確立
- 現在:世界で唯一大規模に竹足場が使われる都市
このように、香港の竹足場は長い歴史を持つ貴重な技術です。
職人の技術継承システム
竹足場職人「スパイダー」になるには、厳しい修行が必要です:
- 見習い期間(3~5年):基本的な結束技術の習得
- 一人前の職人(5~10年):独立して足場組み立て
- 棟梁クラス(10年以上):現場全体の設計・指揮
職人は師匠から弟子へと技術を伝承し、口伝と実技によって技術が受け継がれています。この伝統的な技術継承システムは、日本の職人文化にも通じるものがあります。
世界が注目する香港の竹足場技術
近年、香港の竹足場技術は世界的に注目を集めています。
海外での評価と関心
持続可能な建築技術として、以下のような評価を受けています:
- 環境負荷の少ない建材として注目
- 職人技術の価値が再評価
- 文化的多様性の象徴として認識
- 建築学会での研究対象
欧米の建築学者や環境専門家が香港を訪れ、竹足場の技術を学ぶケースも増えています。
持続可能な建築技術としての価値
地球環境問題が深刻化する中、竹足場の環境価値が見直されています:
- CO2吸収量の多い竹の活用
- リサイクル可能な自然素材
- エネルギー消費量の少ない製造過程
- 地域資源の活用
ただし、2025年11月の火災事故により、安全性との両立が大きな課題となっています。
まとめ
香港の竹足場は、コストパフォーマンス、環境への優しさ、職人の伝統技術など、多くの魅力を持つ建築技術です。軽量で組み立てやすく、香港の気候に適した合理的な選択として、長年にわたって活用されてきました。
しかし、2025年11月下旬に発生した大規模火災事故は、竹足場の可燃性という根本的なリスクを改めて浮き彫りにしました。多くの尊い命が失われたこの事故を受けて、香港政府は金属足場への移行を加速させる方向にあります。
今後の香港では:
- 安全性を最優先とした建築基準の見直し
- 伝統技術の保護と現代的な安全基準の両立
- 職人の雇用問題への対応
- 文化遺産としての価値の再評価
これらの課題に取り組むことになるでしょう。
竹足場は確かに魅力的な技術ですが、現代の安全基準を満たすための改善も必要です。香港の竹足場が安全性と伝統技術を両立させながら、どのように発展していくのか、世界中が注目しています。
建築技術の選択においては、コストや効率性だけでなく、何よりも人命の安全が最優先であることを、今回の事故は改めて教えてくれました。

